イギリス下院 総選挙へ  -ネット選挙戦略に注目-

By 与謝野信, 2019年10月30日

ジョンソン首相、悲願の選挙へ

EUからの離脱(ブレグジット)に揺れるイギリス議会(下院)はこう着状態を民意の反映により打破するために12月12日に解散総選挙を行うことを可決しました。(参照ニュース記事

以前のブログ記事にも書いたようにイギリスでは「首相による議会の解散権」に対して「議会任期固定法」によりに制約がかかるようになっており基本的には満期(2022年)前の解散には議会の三分の二以上の賛成が必要です。ボリス・ジョンソン首相率いる現在の内閣は保守党議員の一部を除名したことなどにより少数内閣に転落しており、ジョンソン首相の目標としていた10月末でのEU離脱も議会により承認されませんでした。こうした事態に対してジョンソン首相は再三解散を求めてきましたが、ことごとく否決されてきました。今回ようやく最大野党の労働党が解散に同意したため「4度目の正直」で解散が可決されました。

今回の総選挙の焦点はジョンソン首相がEUと取りまとめた離脱協定案にそったブレグジットを遂行するか、ジョンソン首相に対する信任も含めた国民の最終判断がどうなるかということになります。

また英国では近年伝統的な二大政党制が崩れつつあり、保守党と労働党以外の特に地域政党の存在感は非常に高まっています。一方で選挙制度は純粋小選挙区制ですので、特定の地域に強い地域政党以外の少数政党(典型例が自由民主党)は得票率に比して獲得議席が低く苦戦する傾向にあります。日本でもそうですが小選挙区制度では与党・野党それぞれが選挙区調整をおこない候補者を絞ることが選挙戦略上は必須ですが、政党間の調整というのは所属議員(および候補者)の身分に関わる話なのでなかなか難しいようです。解散が決まり短期間でどこまで少数政党間の調整ができるのかも注目です。

ドミニク・カミングス氏とイギリスにおけるデジタル選挙戦略

個人的に今回のイギリスの下院選挙で注目しているのは、最新のデジタル選挙活動の影響がどのようになるかという点です。特にジョンソン首相の上級顧問のドミニク・カミングス氏がどのような選挙戦略をとるのかは、日本における今後のインターネット選挙戦略にも影響を及ぼす可能性があります。

ここで時計の針を2016年の国民投票の時点に戻しましょう。当時主要政党の支持を得ているEU残留派の勝利が確実視されていました。離脱派の議員は保守党の内部にも存在していましたが、離脱派の代表格はイギリス独立党のナイジェル・ファラージ党首でした。しかしイギリス独立党は2015年の総選挙で得票率12.6%を獲得するものの、小選挙区の壁に阻まれて1議席しか獲得できていない典型的な少数政党です。国民投票で幅広く支持を集めるには運動を見直さなければいけませんでした。

ここで離脱派が国民投票に向けたキャンペーンの戦略立案のリーダーとして白羽の矢を立てたのがドミニク・カミングス氏でした。EUに帰属することによる英国の影響力の低下、政策の自由度の低下などに対する不安を”Take back control”というスローガンで言語・可視化したのも彼だと言われています。

さらに国民投票におけるネット広告の活用においてもカミングス氏の戦略は非常に効果的であったと言われています。下記のグラフはThe Economist 誌が作成したEU離脱に対する世論の推移で、長期間にわたる各種世論調査から計測しています。(引用元サイト

https://www.economist.com/graphic-detail/2018/06/22/support-for-britains-exit-from-the-eu-is-waning より引用

離脱派(=Leave オレンジの線)が残留派(=Remain 青の線)に対して2016年6月23日国民投票(点線で表示)の1ヶ月前まで常時5ポイント程度負けていたにも関わらず、最後の1ヶ月に急激に逆転しています。これは離脱派のキャンペーンが功を奏したと言えるのでしょうが、特にキャンペーン最終段階においては離脱派のインターネット広告戦略が有効であったと言われています。

インターネットキャンペーンをより有効にするために、カナダの政治キャンペーン会社であるAggregateIQ (AIQ)がFacebookに350万ポンド相当の広告を出したそうです。イギリスのデータ分析を通じて政治コンサルティングをおこなうCambridge Analyticaも同様にネット戦略で離脱キャンペーンに関わりました。

これらの国民投票におけるネット広告戦略は最終的にFacebookにおける個人データの扱いに関わるスキャンダルとして2018年に大きな問題となりました。

これらの一連の離脱キャンペーンの内幕はカミングス氏を主人公としたドラマ化され、カミングス氏をイギリスの人気俳優のベネディクト・カンバーバッチが演じて話題となりました。地上波ではありませんが日本でも放送されました。「ブレグジット EU離脱」

国民投票におけるネット広告戦略は個人データの扱いや、フェイクニュースの流布、資金面での規制との兼ね合いなど多岐にわたる課題はもちろんのこと、非常に複雑な案件を極端に単純化することの問題も浮かび上がらせました。そもそも住民投票にしろ国民投票にしろ、多くの場合複雑な課題に対してYESかNOという極端な答えを迫られると必然的に問題を単純化し事象を理解把握することになります。日本における憲法改正の国民投票も同様に「シングルイシュー」を直接民意に諮るような場合、オールドメディアやネットにおける広告規制・法整備はしっかりと議論する必要があると考えます。

もともと議員ではなく、どちらかというと「裏方」の役割を担ってきたこともあり国民投票での勝利の後しばらく表舞台から消えていたカミングス氏ですが、今年の7月にジョンソン政権が誕生すると上級顧問に任命され首相の側近として再度脚光を浴びることになります。(参照ニュース記事

カミングス氏はおそらく今回の総選挙においても保守党の選挙戦略を主導すると考えられます。国民投票では勝利を掴みましたが、一部からはその選挙戦略に対して厳しい批判も出ているカミングス氏ですが、今回はどのようなデジタル戦略を用いるのか、12月12日の投票日まで目が離せません。


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