「世襲議員が官僚の言いなりになって日本をダメにする」説について

By 与謝野信, 2020年8月1日

こちらのエントリーは取り急ぎアップしている事情から一部の内容などが今後変更・訂正される可能性があります。

世襲議員が官僚の言いなり

昨日税に関する政策をめぐって石原宏高議員(@ishiharahirotak)と渡瀬裕哉氏(@yuyawatase)の間でツイートのやり取りがありました。

ちなみに渡瀬氏は先の米国大統領選でいち早くトランプ大統領の当選を予測していた政治アナリスト・研究者の方です。オンラインの記事などを読んだ方も多いかと思います。

議論はいろいろな方向に拡散して、石原議員が世襲だからというところまで広がりました。

その派生した議論から以下のスレッドを目にしました。

渡瀬氏の複数ツイート(スレッド)は以下の通りです (改行の訂正、ボルドは筆者)

世襲は社会経験がない若い時に議席を得て、当選回数を重ねて出世していく。そして、それは若い役人が出世していくのとセットになる。そうして、役所とズブズブの関係になるから役人と同じことしか話さなくなる。それが政策論だと思い込む。身の回りも役所に紐付く利権屋だらけ。これが世襲問題。

世襲は現行制度では当選を重ねていくことが自明なので、目鼻が効く利権屋(キラキラリベラル含)が周りに寄り付くようになる。周囲で待っていれば自然と偉くなるからだ。そして、新たな利権の芽も育っていくようになる。中長期の政治腐敗が生まれる温床。小泉進次郎はそのタイプの典型。

世襲にとっては役人が渡す資料=有権者に対する政策知見上の唯一の優位性なので、石原ひろたか議員を見ればわかるように、役人が部会で渡す資料をTwitterで貼り付けていれば政策の議論をしているように錯覚し、自分がアベノミクスを否定していることすら分からん、公約すら分からん議員が生まれる。

十分な社会経験があれば、役人に対して物申すことができるだろうが、世襲の周りは利権屋だらけなので役人に物申すようなブレーンはおらんだろ。せいぜい今までと少し違う方向の味付けをする手伝いをするくらいで、本質的にはタックスイーターしかいないのだから。

整理すると世襲議員の問題として

  1. 役所と一体化して役所の主張を代弁してしまう。原因としては若くして当選し自分と同じように若い官僚に政策面で助けてもらうと、一種の互助関係が生まれる。若い世襲議員とそれをサポートする若手官僚が年月を経てそれぞれの立場で幹部になったときにより強固な絆で結ばれ、官僚の議員への影響力がとても強くなる。
  2. 世襲議員は選挙に強いので、「待っていれば自然と偉くなる」ので「利権屋が周りに寄り付くようになる」この問題は世襲議員の「ブレーン」の質の低下、もっとひどくは議員が利権屋の手先になる可能性も出てくる
  3. 「十分な社会経験があれば」役人に自分の意見も主張したり、ときに反論もできるだろう。しかし世襲議員は若く社会経験も無く議員になるので、それもできない。(2)で論じたように周囲が利権がらみになると周囲の意見•知見も役所寄りのものになる。

という主張でした。また

「自分がアベノミクスを否定していることすら分からん、公約すら分からん議員が生まれる。」

というのは石原議員が

「消費税を1~3年程度減税する事は、経済対策としてあり得ると思います。でも、ご理解頂きたいのは、日本は恒常的に赤字国債を発行して予算を組んでいます。未来永劫は難しいと思います。」

とツイートしたことに対して、アベノミクスの大胆な金融緩和の否定と捉えての発言と思われます。

上記のようなやり取りがあり私が以下のコメント付きリツイートをしました。

「世襲問題」を再度整理すると

1) 議員が役所の言い成りになること、その原因の一つは若くして当選する世襲議員の政策理解を若手官僚支える互助関係から将来的な依存関係になる。つまり若くして当選することが前提になっています。

2) 十分な社会経験がないから役人と対等な議論ができない。社会人経験がないことが前提です。

3) 選挙に強いので「利権屋」が群がってくる。ここでは選挙に強いことが前提です。

つまり「官僚の言いなりの世襲議員」になるのは構造的前提として

  1. 若くして当選している
  2. 社会人経験がない
  3. 選挙に強い

となります。

しかし石原宏高議員は

1) 初当選41歳と、特別若い印象ではない(特に他の例に出されている小泉進次郎議員(初当選時28歳)比較すると) 

2) 興銀で15年勤務、なので社会人経験が無いとはいえない。 

3) 落選経験有り&松原仁議員と毎回接戦、なので選挙に強いとはいえない。 

と「不優秀な世襲議員」が生み出される上記の理論からすると整合性が無い主張に思われます。

これに対して渡瀬氏は

という反論でした。

1.41歳は当時の政界では若手

2.銀行に15年勤めると公認もらえるんですね、知りませんでした笑

3.本人に余程問題がある場合は世襲も負けることもあります。具体的には世襲を擁護する世襲など。

1)に関しては渡瀬氏が確かに正しく、印象論で41歳ってそんな若い?と思っていましたが、調べてみると石原氏が初当選した2005年時点では衆院議員の初当選時の平均年齢は48歳前後なので、石原氏の41歳は世襲の新人議員と比較しても若かったです。

2) に関しては世襲議員はなぜ官僚と対等の議論ができないか?という議論と、世襲だから公認を得られるんだ、という議論が混同されています。

3) に関しては私のことを揶揄されての反論ですが、「選挙に強いから利権屋が群がる」という話からはズレています。

 ツイッターでの議論のよくあることかと思いますが、議論がいろいろな方向に拡散してしまって結果的に議論が噛み合わなくなっている印象がありますので、「世襲議員が官僚の言いなりになって日本をダメにする」説についてもう少し詳しく私見を述べたいと思います。

官僚の言いなりの問題点

 日本においては長らく幅広く政策立案を官僚が担ってきた経緯があり、官僚側も日本の政策の方向性を決めているのは自分たちという意識もあったと思います。政策決定の主導権は平成の時代から徐々に官僚から政治家が取るように意識的にも制度的にも変わってきました。

 民主的に選ばれていない官僚が政策策定の主導権を取ることは、民主主義が機能しなくなるのでそれ自体で問題であるとは思います。

 一方で役所がそれぞれの専門分野の知見を活かして、国民の生活の向上につながる提案·アイデアを持っているのであれば、政治家がそれを活かして実践するというのはそれは政治と行政の良い関係だと思います。

 問題になるのは、各省庁が自らの「省益」なるもの守るために、国民の利益にならない支出をするとか無駄な規制を維持する、といったことを画策し政治家に実行させるような場合だと思います。一概に各省庁の主張を代弁するのが全て悪であるとは言えませんが、個別の省庁の方針が「省益」に資するものか、純粋に国民の生活向上のためかを峻別することが重要だと思います。

増税は財務省の「省益」につながる?

 確かに財務省の多くの歴代の幹部職員たちは財政再建のために「増税」を目指してきました。

 それでは「財政再建」もしくは「増税」が財務省の権益を守るための策略だったのでしょうか?私が今まで目にしてきた財務省悪玉論では「財政規模が大きくなると財務省の采配の余地が大きくなる。政府支出が増えることは財務省にとって利益となる。財政規模を大きくするために歳入を増やす必要があり増税を主張している。」というロジックがありました。民主党による政権交代の前後では、財政支出を抑える作業は各省庁·族議員から突き上げが来るので不可能に近いので財務省は増税に頼っている、という議論もあったかと思います。国債の順調な消化のために市場参加者の理解を得るために「財政再建」を主張している、という側面もあるかもしれません。

もっと陰謀論めいたものもありそうです。

 こういった側面を全部否定する訳ではありませんが、近年の財務省の主張は財政再建をおこなうことが狙いです。単純に財務省の権益確保のために支出を増やしたいのであれば赤字国債の発行でも良いはずです。「財政再建」にこだわり「支出を減らすにも限界がある」ため「増税」を主張していると捉えるのが自然な解釈です。

 そこで「財務省」はなぜ「財政再建」にこだわるのかというと、「省益」云々というより純粋に「財政再建」を良い政策だと信じているのが大きいと思います。財政赤字に対する考えはリーマンショックの後から各国が量的緩和を実施して中央銀行が大量の国債の買入を実施してから大きく変わってきました。その中でも一番ラディカルな主張がMMTの「財政赤字の水準はインフレが抑えられている限り問題ない」というものでしょう。さらには今般のコロナ禍で各国で成長率の大幅な低下と失業率の上昇が問題になっている状況では、主流経済学派のエコノミストも危機脱出のための大幅な国債発行で賄う財政出動策をおこなうべきだと主張しています。

 現在のコロナ危機に対して大幅な財政出動が必要なことに関しては政府·与党(野党も)の間でコンセンサスは出来上がっていると言えます。

将来の「歳出入」コントロールについて

 ではコロナ危機を将来各国が乗り越えることに成功して、失業率も大幅に低下させて経済学で言うところの「完全雇用」が達成できたらどうでしょうか?そのような状況では「日銀の買取&国債発行による財政出動が大きすぎるとインフレを招く」というのがMMTの学者も含めてのコンセンサスです。インフレをどのように抑制するかに関しては様々な方法があると思いますが、MMTは「増税」もしくは「支出削減」(歳出入)でのインフレ抑制も否定していません。

 ここで重要なのは「財政赤字」の水準により「歳出入」をコントロールするのか、「インフレ」の水準で「歳出入」をコントロールするのか、の違いはあるにしろ、「完全雇用」が達成された暁には「歳出入」のコントロールが必要となってくることでしょう。

 これらの議論はアベノミクスの否定でもなく、現状の政府与党の考えからも離れておらず、MMTを含めた経済学の考えからも妥当な議論だと言えます。

こうしてみると石原議員の

「消費税を1~3年程度減税する事は、経済対策としてあり得ると思います。でも、ご理解頂きたいのは、日本は恒常的に赤字国債を発行して予算を組んでいます。未来永劫は難しいと思います。」

というコメントが財務省の考えと一致しているかもしれませんが、それをもって「官僚の言いなり」という解釈には無理があると思います。

 ちなみに私自身はロスジェネ世代の就業保障プログラム(いわゆるJGP)をとにかく最優先で実行して欲しいと思っております。JGPは自動安定装置として政府支出を自動的に調整してくれる、直接失業している人を助ける、失業保険と違い職務経験の空白ができないため技能などの喪失が抑えられる、といった利点があります。JGPの設置は非常に大きな作業となりますので、「政治資源」を大量に使います。これだけ大きい社会改革は一つの内閣の「政治資源」を使い切ってしまうほどの制度改革になりますので、他の改革と同時並行でおこなうより、ロスジェネ世代の就業保障プログラムの実現に全精力をあげて欲しいと思っております。

世襲議員は不優秀か?優遇されているか?

 議員の「世襲」については今までも様々な議論がありました。私も基本的には「世襲」には否定的で良いイメージも持っていません。

 私自身は、政治家の伯父から政治資金や後援会といったものを一切引き継いでおりません。また若い頃から秘書などをやったり選挙活動を手伝ったりということもありませんでしたので、地元の人に顔が知られているということもありません。伯父は確かに政治家でしたが、私はいわゆる地盤看板鞄の3点セットは一つも受け継いでいません。

「看板」はあるでしょ?とのご意見もあるかと思いますが、選挙における有効な「看板」とは「地元」における候補者本人の浸透度だと思います。地元での認知度を上げるためには秘書活動や選挙活動を手伝うことなどを通じて、立候補前から地元でその存在が認知されていることが重要です。「〜の息子」とか「〜の甥っ子」でいきなり現れてもそれまでの地元活動が無いと「看板」として有効に機能しないというのがおそらく選挙実務においてはあると思います。

 そういう意味での「地元」での看板、知名度は私は持っていませんでしたが、伯父を支持し支えてくれていた人や応援し評価して下さっていた地元の人はたくさんいましたので、伯父の良い「評判」という4つ目の「バン」はありました。

 もちろん世間からすれば選挙に出れば「世襲候補」になります。「優遇されている」「恵まれている」といった否定的なバイアスにさらされます。落選すれば渡瀬氏のコメントのように「世襲で落ちる方は本人に余程問題があるケースが多い」と揶揄もされます。

 石原氏と渡瀬氏の議論も「世襲は不優秀」という話と「世襲は優遇されて公認をもらえる」という話がごちゃごちゃになっていました。

 「世襲候補」が公認を受けやすいのは、後援会、地元での知名度、政治資金、の「3つのバン」があると実際選挙に強いからです。それらを持っていない、つまり選挙基盤が弱い「世襲候補」は当たり前ですが優遇はされません。他の候補と同じで、各候補の持っている何らかの要素をそれぞれの支部が「この候補で選挙が戦えるか?」と判断するのが一般的だと思います。その要素の一つには政治家に限らず有名人の親族というのも含まれるかもしれません。先の都議選である人気女優の実弟という候補がいました。姉も選挙応援に来たりと話題性がありました。こういう話題性を公認選定において考慮する政党もあるかと思います。

優秀な政治家とは?

 そもそも議員の「優秀・不優秀」を何で判断するかが重要だと思います。選挙に強い政治家が優秀だと定義をするなら、間違い無く3バンを引き継いでいる「世襲議員」は選挙に強いので「優秀」でしょう。役人と対等以上に政策論議をすることなら、元官僚、士業、研究者などの専門家などが「優秀」となるのかもしれません。官僚を叩くことに関しては民主党政権下で官僚と喧嘩していた一部の大臣が「優秀」なのかもしれません。

 私が思い描く「理想の政治家」はとにかく国民の生活と国がより良くなるために活動し、かつ選挙に強いと同時に政策立案能力が高いことです。

 自民党も他の党も現職の議員達が「理想の議員」の水準に達しているかと問われれば、簡単にイエスとは答えられないでしょう。議員になってから勉強するのでは遅いという意見もあると思いますが、議員の地位を得ても弛まぬ研鑽と勉強を続けて欲しいというのが私の気持ちです。また各政党とも自分たちの理想とするような「できあがった」候補者を見つけるのは難しいです。いかに良い政治家をみつけるための作業や公認手続きに今のところ一つの「正解」があるわけでなく、試行錯誤は続くのでしょう。

 私は3バンを引き継いでいるわけでもなく、実際選挙にも負けた候補者なので「不優秀」と判断する人もいると思います。それ以外にもまだまだ勉強不足だったりと様々なご批判もあるかと思います。それらの批判にこたえるためにも、自分なりの理想の政治家像に近づけられるよう、これからも自己研鑽を積んでいく所存です。

 3バンもなく未熟なのですが、自分自身は人生においてとても周りの人に恵まれ生きていると自覚していて、そのことは大変ありがたいと感謝しています。

 以上長くなりましたが「世襲議員の問題」に関して私見を述べさせて頂きました。最後までお付き合い頂きありがとうございました。

 今後とも皆様のご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします。


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